奥ゆ記

ヌーソロジー片手に奥行きを歩きましょう♪

ライプニッツまでさかのぼれば…

前回の記事では「奥行き」というものを「オマエとオレを行き来できる隙間」と表現しました。

 

前回の記事

https://nobiyan.hatenablog.com/entry/2019/01/02/165416

 

しかし奥行きとは、僕の人生においても社会というひとつの世界を前に、なぜかいつも押しつぶされ失われていく流れの中にあります。

きっと誰もが一度は抵抗を試みるものの、いつしか運命に従ってあきらめることに答えを見つけているのだと思います。

でも、それでも僕たちは、やはり奥行きで生きているのだという主張を根底に生きていくのであり、常にその矛盾を行ったり来たりさせられてるわけです。

 

ヌーソロジーに出会ってわかったことは、このように「世界に対する主張を生きなくてはならないこと」が僕たちの運命なのではなくて、その主張に基づいたものに世界を変えることができるのだという、まずはその確信に至ることが運命だということです。

今回の記事ではライプニッツという哲学者を取り上げて、哲学の歴史がその奥行きの格闘史であることと、そこにはヒントが埋もれていることについて考えてみたいと思います。

 

哲学者ライプニッツまでさかのぼればある必要な景色が見えてくる

僕たちが当たり前に持たされている世界観が実はどういうものであるのかを知るということは、例えば「もしもあの時こうなっていたら世界はこんな風に違っていただろう」という想像によるのですが、あまりにも現在の僕たちにとっての根底が揺らぐものとなってしまってることから、とてもトリッキーな体験を求められます。

 

名前は覚えなくてもいいのですがリフキンというアメリカの著作家は、

「それぞれの世界観には、その構築者がいる」

機械的世界観の礎(いしずえ)を築いたのは三人の人間、すなわちフランシス・ベーコン、ルネ・デカルト、そしてアイザック・ニュートンである」

「しかも、当時から約四百年後にいるわれわれは、今なお、彼らの考え方を基盤にして生活している」

といいます。

何となく感じるものがあったらそれだけで十分です。

ライプニッツという哲学者はニュートンと同世代ですが、その時代すでに始まっていたデカルトの世界をなんとか食い止めようとしました。

何といって?

 

デカルトが言うように、力というものの考え方を、ここにあった物があそこに移動した時に使われたものというような、運動という現象の原因に限られたものとして定義してしまうと、物というものも同時にそういうものでしかなくなる」

「力というのはここにあった物(という私にとっての情報)が、今あそこにある物(という私にとっての情報)に表現されたということに対する私の認識の原因でもあるということ」

「つまり力というものは、移動という運動以外にも私に作用を及ぼすことすべて、つまりそれがボールであることを私に知らせたり、それを躍動的であると感じさせたりすることの原因でもある」

「そしてその実体としての物とは、本来そういうものだということ」

かなりの誇張表現をしましたが、僕にとってのライプニッツの紹介ということで許していただけるとしたら上記の様なことになります。

さて、デカルトの考え方をニュートンが引き継ぎ、その後の科学の努力の流れが今の世界ということです。

これがデカルトによる「力というものの定義」によって、僕たちを取り巻く「物」という概念が今の様になった分岐点です。

このライプニッツの主張は時代の申し子僕たちにとってはやはり空想世界の話に聞こえます。

しかし、デカルトにしろニュートンにしろそれらの主張のはじめは、当時の社会にとって決して常識ではなく、長い間の科学者たちの努力が加わって今の世界観の基盤となっているのです。

近代の努力がライプニッツの流れに注がれていたとしたらどうなっていたか、そんな事は考えても意味のない事です。

 

実は今がそれを始める時であって、「今それをやると将来どうなる??」というのがあるべき問いかけなのです。

 

「オマエとオレが行き来できる隙間」を叫ぶロックシーンは決して終わってなどいないのです。

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